2019年4月9日、財務省の会見で麻生太郎副総理(財務相)が1万円、5千円、千円の紙幣(日本銀行券)の刷新と新紙幣のデザインイメージと肖像画を発表しました。
現在の1万円札の肖像画は福沢諭吉ですが、新紙幣では渋沢栄一が選ばれました。
一万円札が福沢諭吉ではなくなるということで寂しいというか、やはり違和感がありますが、渋沢栄一とは誰なのか知っていますか?
実は渋沢栄一は、「日本資本主義の父」とも呼ばれる人物で、実業家として知らない人はいない!というほど有名な人なんで、記念館まで建設されています。
そんな渋沢栄一さんですが、変わった性癖を持っていてそのせいで今まで紙幣の肖像画に選ばれなかった?との噂もあり、その噂についても紹介していきたいと思います。
渋沢栄一って誰?性癖とは?
財務省の会見で麻生太郎副総理(財務相)が1万円、5千円、千円の紙幣(日本銀行券)の刷新と新紙幣のデザインイメージと肖像画を発表しました。
1万円札が「資本主義の父」と呼ばれた実業家の渋沢栄一、5千円札は津田塾大創始者の津田梅子、千円札は「近代日本医学の父」といわれる医学博士の北里柴三郎が選ばれました。
そこで今回は、1万円札に選ばれた渋沢栄一について紹介していきたいと思います。
渋沢栄一って誰?
渋沢栄一は、「日本資本主義の父」とも呼ばれる人物で、実業家として知らない人はいない!というほど有名な人なんです。
渋沢栄一のプロフィールがこちらです。
名 前:渋沢栄一(しぶさわえいいち)
出 身:武蔵国榛沢郡血洗島村(現:埼玉県深谷市血洗島)
生年月日:1840年3月16日
渋沢栄一の家は、藍玉(染料を固めた物)と養蚕の経営と、米や麦、野菜の生産する豪農でした。
豪農というと聞きなじみがないかもしれませんが、豪農というのは多くの土地を所有し、ある程度の権勢をも備えた、富裕農家のことです。
渋沢栄一は日本経済の発展にはなくてはならない人物ともいえ、日本銀行券(紙幣)の初代肖像画の候補者にも選ばれるなど、これまでの功績から何度も肖像画の候補に名前があがっていた人物でもあります。
しかし渋沢栄一は変わった性癖を持っていたことでも知られ、そのことから肖像画にはふさわしくないと、選ばれることはなかったとの噂もあるんです。
渋沢栄一の性癖とは
渋沢栄一は、
仕事ぶりは真面目であるが、かなりの女好きであったと言われ、実際に妻以外に二人の女性(一人は愛人、もう一人は後に離婚・再婚し後妻になった。)との間に子供が七人(全員で10人)居た事が判明している。
と言われています。
当時では珍しく、女性関係が派手で妻以外との子ども(庶子)が10人ほどいるとも言われています。
1人目の妻と婚姻中にも他に2人の愛人がいてそのうち1人の女性とは、最初の妻と離婚後に結婚をしています。
そのことから変わった性癖と言われ、それを理由に肖像画には選ばれなかったと言われています。
また肖像画に選ばれなかった理由に関しては、「ヒゲが生えていなかったから」とも言われていて、偽造防止技術の観点から採用されなかったとも言われています。
渋沢栄一は記念館もあるほどの功績を残したすごい人!
そんな渋沢栄一ですが、出身地である埼玉県深谷市では「渋沢栄一記念館」が建設されています。
渋沢栄一記念館は、深谷市北部の渋沢栄一の生家(血洗島)から東に500mほどの清水川のほとりにあり、渋沢栄一に関する展示を行っています。
場所はこちらです。
住所:〒366-0002 埼玉県深谷市下手計1204
渋沢栄一はさまざまな企業の設立や学校の創設に関わってきました。
・第一国立銀行(現・みずほ銀行)
・東京証券取引所
・東京瓦斯株式会社(現・東京ガス)
・東京海上保険
・抄紙会社(現・王子製紙)
・大阪紡績(現・東洋紡績)
・一橋大学
・東京経済大学
また日本で最初の株式会社を設立したのも渋沢栄一なんですね。
そんな渋沢栄一は今までになぜ肖像画に選ばれなかったのかと言われるほどの人物なんです。
まとめ
今回は、1万円札の肖像画に選ばれた渋沢栄一について、いったい誰なのか、そして気になる変わった性癖について紹介させていただきました。
これだけの功績を残しながらも、今までに紙幣の肖像画に選ばれなかったのは不思議ですが、今回の刷新で採用されようやくと言ったところですね。
それとも、渋沢栄一の変わった性癖が認められたということでしょうか(笑)
それでは最後までこの記事を読んでいただきましてありがとうございました。
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