2019年9月20日に開幕したラグビーワールドカップ。
開幕戦、日本vsロシアにて3つのトライを決めた松島幸太朗選手。大活躍でしたね。
今回は、そんな松島選手の出身地や高校、家族について紹介していきたいと思います。
松島幸太朗の出身地はどこ?経歴は?
松島幸太朗選手の経歴はこちらです。
- 名 前:松島 幸太朗(まつしま こうたろう)
- 生年月日:1993年2月26日
- 年 齢:26歳(2019年9月20日現在)
- 出 身 地:南アフリカ共和国プレトニア
- 身 長:178センチ
- 体 重:88キロ
- 中 学 校:桐蔭学園中学校(神奈川県横浜市)
- 高 校:桐蔭学園高等学校(神奈川県横浜市)
- 所 属:サントリーサンゴリアス(2019年~)
松島幸太朗選手は、2歳の時に父親の仕事の都合で日本に来ました。
5歳の時に、日本国籍を取得。本格的にラグビーを始めたのは、中学1年の冬。
南アフリカに留学した時に学校の先生に誘われたことがきっかけになったそうです。
中学2年で日本に戻り、ラグビースクール「ワセダクラブ」に入り日本でのラグビーを開始しました。
高校は、全国屈指のラグビー強豪校の桐蔭学園に進み、トライゲッターとして活躍。
2009年第89回全国高校ラグビーフットボール大会では準優勝、2010年第90回全国高校ラグビーフットボール大会では優勝という輝かしい成績を残しました。また、高校日本代表にも選ばれています。
高校を卒業後は、監督の勧めもありプロのラグビー選手を目指すため、再び南アフリカ共和国に渡り「シャークス・アカデミー」に入りました。
アカデミー在籍中には南アフリカのU-20代表候補に選抜されましたが、日本代表の桜ジャージにあこがれ、日本代表としてラグビーをしたいという理由で辞退したそうです。
松島幸太朗選手の父親はラグビー選手?母親は?
- 父:ロドリック(ジンバブエ人)
- 母:松島多恵子(日本人)
父親のロドリックさんは、元ラグビー選手ではなく、経済関係の記事を書く新聞記者で、母親の多恵子さんはNGOの研究員で、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離)の問題に携わっていました。
家族にラグビー経験者はいません。父親は、サッカーの方が好きだったようで、松島選手はそんな父親の影響で、小学生時代はサッカーをしていたそうです。ちなみに、兄弟姉妹はなく、一人っ子です。
また、父親は松島選手が高校2年生の時に亡くなられています。今回のワールドカップでの活躍も、きっとどこかで見守っていることでしょうね。
松島幸太朗選手の強さの秘密は?
2019年9月20日の試合終了後、ロシアのジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチは松島選手を「フェラーリが突進してくるようなもの」と、高級スポーツカーに例えて称賛しています。
疲れのたまった試合の終盤でも、決して落ちないスピード。松島選手は、いったいどんなトレーニングをしていたのでしょうか。
松島幸太朗選手は、南アフリカ共和国でプレーする中で、最大の武器であるスピードが十分生かせないという壁に当たりました。
ステップの際の体重移動により、スピードが減速されてしまうことで、トップクラスの選手には捕まえられてしまったそうです。
これを解決すべく、編み出したトレーニングが8キロの水が入った容器を持ち上げながら走ること。
水が揺れるのでバランスが崩れ、とても走りにくい状況下に置かれ、それに耐えながら腿を上げて、しっかりと走る訓練。
これをすることにより、体幹の筋肉が鍛えられ、軸がぶれない走力が身に着いていきます。
松島幸太朗選手は、このトレーニングを半年以上行い、スピードが落ちない、切れ味のあるステップを手に入れたのです。
まとめ
今回は、2019年ラグビーワールドカップで日本代表に選ばれ、華々しい活躍をしている松島幸太朗選手の出身地や経歴、父親、家族のことや、強さの秘密について紹介させていただきました。
今後、ワールドカップでの活躍、またその後の活躍も大いに期待ですね!LOVEラグビー!!
それでは、最後までこの記事を読んでいただきまして、ありがとうございました。